株式会社ボーンレックス 公式ブログ

夢をあきらめるな、実現せよ。 Don't Just Dream; Make It Happen.

街で頑張る就活生を見ながら、今の日本の学校教育について考えてみた 

2017年7月24日

教育ってなんのため?

 自分は教育のプロフェッショナルでもなんでもないので、教育について議論したいわけではないのですが、今の日本の学校教育って何のためにしているんだろう?と、ふと思うことがあるんですよね。

 なんというか、反感を買わない無難な言い方が思いつかないので、申し訳ございませんが、語弊を恐れず言わせて頂きますと···

 将来就く職業や仕事のため?、本人が幸せになるため?、それとも何か大きなシステムの一部になってもらうため?、いや、もしかしたら、他にも何か目的があるのかもしれない。

自分の場合で考えてみる。

 自分が育ってきたコミュニティでは、自分も含めて、学校へ行くことや受験をすることが正しいとされる教育を受けてきています。授業を理解してテストで良い点をとるために、受験勉強をして少しでも良い(と言われる)学校へ行くために、みな頑張っている状態です。恐らくほとんどの人が、同じような価値観の教育を受けてきたのではないでしょうか。でも、それが果たして『自分が幸せになるための教育』か、と聞かれると、yesとは言い切れず、過去を振り返って考えてみると、必ずしも『幸せ』のために、教育がデザインされているとは言えないなぁと思うんですよね。

 一方、職業に就くための教育でもないように思うのです。だって、学歴主義を今は排除する方針を各企業掲げ始めていますから、職場から学歴が排除されるのであれば、きっと、職業に就くための訓練でもないんだろうな、と思うのです。

 むしろ、自分は今でも心に安らぎを与え続けてくれている小学校の友人達が自分に与えてくれている影響だとか、中学校時代に先生や、超頑固な(いや、自分もですがw)同級生らと、ケンカしたり、議論したり、泣いたり笑ったり、そんな経験から学ぶことが、実は自分の『幸せ論』を形作っているのではないかと思っています。なので学校教育は、自分の『幸せ論』に必ずしも大きな影響は残してないんですよね。そういう意味では、いかに幸せな人生を創り出すか、という観点では、実はケンカしたり、殴られたりした先生たちや(今ではきっと問題になる笑)、友人たちが、自分にとっては良き師なのではないか、とすら思えたりするわけです。

街中の就活生を見て

 なんでこんなことを思い始めたのかというと、今がちょうど就活の時期だから。就活に必死過ぎて悲壮感が出てしまっている人っているじゃないですか。そういう時期だなぁ、と感じるんです。外を歩いていて。

 でも、彼らに言ってあげたいんですよね。
就活って、人生が決まる瞬間なように思っているかもしれないけど、実は、世の中就活なんてせずに、幸せな人生をつかんでいる人って、とってもたくさんいるんだよ、と。

 教育の最高峰である、東大や慶應、早稲田、京大等、名だたる学校に行っても、就活で苦労する人はいっぱいいる。
一方、いわゆる学校教育では劣等生の烙印をおされてしまった人なのにもかかわらず、世の中をけん引する立派な企業を創り上げる人もたくさんいるし、それ以外の職業を自分で見つけて、立派に生きている尊敬すべき友人もたくさんいます。

そう、だから、一周まわって、教育ってなんのために、設計されているのかなぁ、って思ったんですよね。

 

まぁ、教育って人生を教えるものじゃないっしょ!っていう声も聞こえてきそうですし、この領海は、非武装で突入すると、色々な人に刺されそうでおっかないので、このあたりで生意気な主張は、撤退しておきますw

シェアする

COMMENTSコメント